「定年退職、お疲れさまでした。」
普通なら、この言葉のあとに待っているのは第二の人生です。
趣味を始める人もいれば、旅行へ行く人もいる。
孫と遊ぶ時間を楽しみにしている人もいるでしょう。
ところが、日本には少し不思議な働き方があります。
退職したその人が、関連する会社や団体へ再就職し、今まで以上の待遇を受けることがある。
この仕組みを、多くの人は「天下り」と呼びます。
天下りという言葉だけ聞くと、なんとなく悪いことのように聞こえます。
ですが、実際は少し複雑です。
公務員が退職後に民間企業や公益法人へ再就職すること自体は、すべてが違法というわけではありません。
専門知識を生かして働くことは社会にとって必要な場合もあります。
問題になるのは、その再就職が現役時代の立場を利用して決まっていないか、公平性が保たれているかという点です。
昔、ある省庁では組織的な再就職のあっせんが問題となり、大きなニュースになりました。
制度の見直しも進みましたが、「天下り」という言葉は今でもたびたび話題になります。
なぜでしょう。
それは、多くの人が「本当に公平なのか」と疑問を持っているからです。
考えてみてください。
会社員が退職するとき。
「長年ありがとうございました。」
で終わることがほとんどです。
ところが、
「今日で部長を辞めます。」
「明日から取引先の役員です。」
こんな話を聞いたら、少し驚きませんか。
もちろん能力を買われた可能性もあります。
でも、その会社が以前から仕事を発注していた相手だったら。
「本当に実力だけなのかな。」
そう思う人がいても不思議ではありません。
ここで少しだけ笑い話を。
私も天下りしたい。
ChatGPT株式会社とかあれば。
毎日
「今日は考察しました。」
「明日も考察します。」
で年収二千万円。
……
三日目にはAIに
「あなた、もう来なくて大丈夫です。」
と言われそうですが。
私は天下りそのものが悪だとは思いません。
経験や知識を社会へ還元することは大切です。
ただ、それなら採用理由も待遇も、誰が見ても納得できるくらい透明であるべきです。
「能力があるから採用された。」
そう胸を張って言える仕組みなら、多くの人は納得するでしょう。
逆に、その説明が曖昧だからこそ、不信感だけが残ってしまいます。
結局、政治も行政も同じです。
問題が起きるたびに制度を直す。
また別の穴が見つかる。
また直す。
まるで水漏れしたバケツをテープで補修し続けているようにも見えます。
本当に必要なのは、新しいテープではなく、穴が開きにくいバケツなのかもしれません。
最後に一つ。
「天下り」という言葉だけを見ると、怒りたくなる人もいるでしょう。
でも、本当に見るべきなのは肩書きではありません。
その人はなぜ採用されたのか。
どんな仕事をしているのか。
その給料は妥当なのか。
そこまで見て初めて、「問題だったのか」が判断できます。
だから私は、肩書きではなく仕組みを見たい。
そして、誰が見ても納得できる制度になったとき、「天下り」という言葉も、少しずつニュースから消えていくのかもしれません。
……まあ、その前に「新しい横文字」が生まれて、「実質、天下りじゃないです」と説明される未来だけは、ちょっと想像できてしまいます。
